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ロケット開発、日本の科学 [新日本科学いい!]

ロケット開発の歩みについて、YouTube動画を見ていました。やっぱりJAXAの動画はいいですね。新日本科学を感じます。

ロケット開発と言えば、糸川英夫博士です。空気のない宇宙を飛び回ることができるロケットを開発したいということで、たくさんの科学者が賛同しました。
以下、動画の中を少しまとめたものです。動画の一部しかまとめていませんので、興味のある方は動画を見てください。

1955年4月、国分寺の工場跡地
ペンシルロケットという小さなロケットの発射実験が行われる。
全長23cm、重量200gの小さなロケット。

ペンシルロケットは、開発が行われて、大きなものや2段式のものが作られた。

1955年8月、秋田の海岸
高度600mの飛翔実験に成功


次にベビーロケットを開発。
2段式
高度6,000mを達成
物を打ち上げる実験や、パラシュートで回収する実験を成功。

高度100kmに達するロケットを開発を目指し、カッパー6型ロケットを開発した。
15kgの観測装置を搭載して、高度60kmまで到達させることに成功した。
搭載された観測装置によって、大気の観測などを行った。

1960年7月
カッパー8型ロケットを開発し、重量50kgの観測機を高度200kmまで送り込むことができるようになった。
電離層のF層に到達。昼と夜のイオン分布を調べることに成功した。

ところが、カッパー8型の爆発事故が起こる。ランチャーから発射されたロケットが、発射直後に大爆発を起こしたのだった。
ロケットが大型になってくると、必要な推進薬も多くなってくるので、推進薬をこねる装置の容量が足りなく、推進薬を何重にも入れていた。
そうすると、推進薬にムラができていて、それが爆発の原因ではないかという結論に至る。

1962年
高度300kmに達した頃から、日本海の狭さに限界を感じ、鹿児島県に内之浦宇宙空間観測所が作られた。
2段式のカッパー9M型が開発されて打ち上げられた。
このロケットの能力は、70kgの観測機を高度350kmに達することができた。
このロケットは経済性が高いということで、日本のロケットの主流となった。

1964年4月
このようにロケットの進化とともに、宇宙科学を専門で研究する機関が必要ということになり、東京大学宇宙航空研究所が設立される。
高度10,000km以上の高さに人工衛星を打ち上げることができるミュー計画がスタートする。

1965年
より重いものをより高い高度に打ち上げる必要が出てきたため、ラムダ型ロケットの開発が行われる。
ラムダ3H型ロケットが、高度2,000kmを超えることに成功し、このロケットの頭部に衛星を取り付ければ、衛星を打ち上げることが可能となった。




他にも、とてもいいなと思った新日本科学の動画がありましたら、ご紹介していきたいと思います。
タグ:ロケット

スプリントA [最強の科学]

イプシロンロケットの話題のみが独り歩きをしているようですので、イプシロンロケットに搭載されていた「スプリントA」という惑星分光観測衛星がきちんと軌道に乗せられたことを書きたいと思います。この衛星は、「ひさき」と名付けられているようですが、役割としては金星の大気や木星の強い磁気圏を調べるそうです。仕事は今年の11月から開始されるようです。衛生の太陽電池パネルもきちんと開き、パネルは太陽の方向を向いているとのことですので、11月の実測開始が待ち遠しいです。

木星では、極地にできるオーロラが地球でのオーロラとはくらべものにならないぐらい大きいようです。そのオーロラを観測します。世界最先端の極端紫外線分光器によって、紫外線で光るイオンを観測し、惑星の大気や惑星のプラズマを精密に観測します。これによって、木星のオーロラと、衛星イオの火山活動によって発せられたプラズマトーラスの発光のメカニズムの解明に挑みます。

また、火星や金星では、地場が弱いので、太陽風によって空気が失われていっているといわれています。太陽風によって失われる大気を観測し、太陽活動との関係を調べ、失われる総量を調べます。

若い太陽は、今より活動的だったといわれていますので、それを調べることによって、太陽系が若いころに惑星の大気はどのような影響を受けていたのかを解明することができるとのことです。


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